さっきから向かいの席の男が涎を垂らしている。
 二十三時。地下鉄の強い照明から影になって点々と顔が続いている。
 携帯にいつのまにか届いていたメールを開いて閉じる。
『生きてるの?』
 死んでいた方がむしろ『死んだよ』と送る気になるかもしれない。
 吊革の背広が紙幣を見せてくる。床に水たまりが広がっている。
 六つ目の駅で懐かしいことを思い出す。
 壁に凭れて目を閉じる。爪先を軽く蹴られ、吊革の背広を睨んで再び目を閉じる。
 「じゃあ」
 肩を叩いて七つ目の駅で背広が降りる。

 肩が叩かれる。背広は降りたんじゃなかったのか。
 「終点ですよ」
 訳が分からず飛び出すと、知らない駅、地上の風景。
 濡れた足跡がホームに続いている。